令和07年(2025年)6月定例会 一般質問

○大山たかお 議員
おはようございます。それでは早速、発言通告書に基づき一般質問を開始します。
1.観光整備について。
2024年はインバウンドを含む観光客が前年の17%増しの966万1,500人だった。過去最多の1,016万3,900人が来訪した2019年の95%水準まで回復し、過去3番目の多さだったとの報道があります。インバウンドにおける那覇市の課題について伺います。
○野原嘉孝 議長
高宮修一経済観光部長。
○高宮修一 経済観光部長
お答えいたします。
インバウンドを受け入れる際の課題としましては、観光地での案内や標識、飲食店のメニュー、公共交通機関情報の多言語化、文化の違いによるマナーなどが挙げられます。
また、インバウンドに限らず、観光客が増加することで、交通渋滞や公共交通機関の混雑、観光地周辺の騒音増加、ゴミ問題などが課題として考えられます。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
ありがとうございます。
特に那覇市については、クルーズ船における観光客の増加というのが顕著であります。その中でやはりクルーズ船が来た中で、受け入れをする那覇市としましては、答弁あったようにごみ問題とか騒音問題、あとは公共交通機関の混雑などが顕著であると思います。
それでは、その那覇クルーズターミナルにおける施設利用料、つまりお客さんが払ったりするもの、もしくは船舶会社が払うものについては、施設利用料金はいくらでしょうか。
○野原嘉孝 議長
花城保都市みらい部長。
○花城保 都市みらい部長
那覇港管理組合に確認したところ、外国船舶は那覇クルーズターミナルビルの利用の有無にかかわらず、入港時に旅客1人当たり580円の使用料金とのことです。
また、日本船舶については同ターミナルビルを利用する場合580円、利用しない場合280円の使用料金とのことでありました。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
再びの発言になりますけども、今の受け入れについては利益を得られる那覇の住民については一部であり、またほかの免税店については外国の方が経営をしているということを伺っております。
しかしながら、この課題、渋滞・ごみ問題等につきましては、多くの住民に影響をしております。料金の改定があったものの、クルーズ船については施設使用料1人あたり580円。しかもこれについては港湾管理組合の収入が増えるだけというふうに伺っております。本当に多くの影響を受ける那覇市民については、比率にしては苦渋が多くあるのではないのかなということが推察されるところであります。
なので、この580円ではなくて、使用料100倍くらい、1人5万円ぐらい取ってもいいんじゃないかなと。その理由につきましては、それを那覇市の収入になる設定などの調整を行って、ハワイ州の観光客にもクルーズ船のことを話しにいったところ、私たちについては安いクルーズ船の人を受け入れることはしていないんだと、やはりある程度富裕層で、地元にお金を落とし、そういうような人たちをクルーズ船として入れているんだというようなことも伺ったことがあります。
クルーズ船入港にあたり沖縄県、港湾管理組合等と議論をはじめ、那覇市にもっと還元できるような制度について検討する価値があると思いますけど那覇市についての見解をお願いします。
○野原嘉孝 議長
高宮修一経済観光部長。
○高宮修一 経済観光部長
お答えいたします。
観光客の受入環境整備につきましては、全県的な取組として、宿泊税の導入について、調整が進められております。
一方で、クルーズ船からの観光客は、市内での宿泊がないため課税の対象とならない場合がほとんどだと考えられます。
議員御提案のクルーズ船で来訪される観光客への対応については、今後検討する必要があると考えられますので、まずは、沖縄県や関係機関と意見交換を行ってまいりたいと考えております。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
ぜひそのクルーズ船を受け入れる那覇市については、影響があるということを十分理解して、結局ここでごみ問題をどうするかというと、那覇市のクリーンセンターだったり、そして渋滞問題も那覇市の課題とか、様々な課題が積み残しがあるのが、市民がその負担を受け付けてはならないと思います。
特に今県のほうでも観光税の導入については揉めていますけども、代表質問で外間有里議員からもありましたように、ぜひ那覇市としても税金を、やはり収入を受けるような形で観光目的でも構いませんし、それをどうしても那覇市の住民が損をしないようなことを考えないといけないんじゃないかなというふうに思っております。
次、それでこのごみ問題に関してですけども、民間機関が国際通りにおいて、たばこのポイ捨てについての調査を行いました。
2月21日から3月9日までの17日間で1日あたり平均80人。たばこ本数約90本を拾ったそうであります。喫煙所設置前には、近隣120メートルの範囲内で清掃活動を行い、その結果88個のたばこ関連のごみがあり、ごみ全体の67%であった。試験的な喫煙所を設置したところ、たばこ関連のごみは42個であり、たばこ関連ごみは約半数まで減少した。この結果を受け、観光の街那覇市でポイ捨て、そして非喫煙者の副流煙防止のため国際通りに喫煙所について設置をできないか答弁お願いします。
○野原嘉孝 議長
平良進環境部長。
○平良進 環境部長
お答えいたします。
ごみのポイ捨て防止の観点から、喫煙所の設置が、たばこ関連のポイ捨てごみ減少につながることは理解しております。しかし、国際通りへの喫煙所の設置につきましては、ごみ行政の分野以外の面も大きく影響していることから、関係各所との調整が必要であると考えております。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
以前の質問の中でも土地の問題とかあることは重々承知をしております。国際通りの方にお話を聞いたところ、やはり外国人の方が喫煙をしていたら印象的に怖くて、たばこ吸ったら駄目ですよということは言えないとか、そういうような環境が非常に多くあるそうです。なので観光の街というのであれば、どのように対応していくのか十分に検討する必要性があると思います。
次、平和行政について。
戦後80周年を迎える中で、対馬丸記念館を含めた那覇市内の各種戦跡や資料館等を、平和教育の資として活用するべきであると思うが見解を問います。
○野原嘉孝 議長
大城敦子総務部長。
○大城敦子 総務部長
お答えいたします。
対馬丸記念館や戦跡等につきましては、平和の尊さを学び、沖縄戦の実相を次の世代へ継承するための平和教育や平和学習に欠かすことのできない重要な場であると認識しております。
また、戦後80年を迎え戦争体験者の証言などを直に聞くことが困難になりつつあることから、今後はそのような場の活用が一層求められるものと考えております。
本市では、対馬丸記念館を青少年ピースフォーラムにおける事前学習で活用しているほか、恒久平和のモニュメントなぐやけ周辺には、あらたな刻銘の設置等を予定しており、引き続き那覇市戦没者追悼式や平和学習などに活用できるよう取り組んで参ります。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
それでは、対馬丸記念館に先日私行ってきました。その対馬丸記念館内のパネルに、「沖縄から8万人を本土へ、2万人を台湾へ移すことになりました。しかしこれは、安全な場所へ避難させ命を大切に守るというよりも軍の食料を確保し、戦闘の足手まといになる住民を戦場から退避させ果てしなく続く戦争の次の戦力となる子供を確保とすることが真の目的でした」と書かれています。
このことについては当局は御存じでしょうか。
○野原嘉孝 議長
大城敦子総務部長。
○大城敦子 総務部長
お答えいたします。
対馬丸記念館においては、様々な体験談や資料が展示されていることは承知しておりますが、議員御質問の表記については詳細は存じ上げておりません。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
この対馬丸記念館というのは非常に重要な施設だと私も認識をしております。
しかしながら、先ほど私が質問した内容については、私の価値観からすると、疎開もしくは避難に関しては全く違う見識であります。
パネルに書かれている、避難をさせてそして兵士にして戻してくるということについては、確かに長期化すればそのようになる可能性がゼロではないので、全く間違いとは言いませんが、真の目的は戦闘における住民避難、住民を戦場に巻き込まないということが真の目的ではないかなというふうに思っております。
学習施設として、このような間違っている(削除)記述については適切でないと思いますし、疎開や避難に関する誤った見識が生まれるのではないかというような危機感も感じております。
台湾有事、最近言われておりますけども、その中で本島避難についてもいろいろ対策が取られていると思います。その際に、これをみた児童生徒が兵士になるために避難するんでしょと言われた時に、一体私達は何をもって違いますというふうに説明するのかというのも考えております。
戦後80年を迎える中で、対馬丸記念館については平和学習のために必要な施設です。その戦後80年の中で、戦争体験者の声が直接聞こえなくなっている問題から、あくまでも体験者の見解した体験者の結果、そして史実に基づく資料館や戦跡の維持・保存が重要ではないかなというふうに思っております。そのため以下質問をします。
那覇市ホームページに71か所の戦争遺跡が遺構があると書いてありますが、今後これらの戦跡の維持管理についてどのように考えておりますか。
○野原嘉孝 議長
加治屋理華市民文化部長。
○加治屋理華 市民文化部長
お答えいたします。
現在、本市では公園や民間地を含め約80か所の戦争遺跡が確認されております。内訳としては、日清・日露戦争の忠魂碑や砲弾跡が残る鳥居、戦闘機を隠すための掩体壕や砲台跡、司令部壕など日本軍に関するもののほか、住民が避難したガマと呼ばれる自然壕などがあります。これら戦争遺跡の大半を占める壕の中には、本市の都市開発の中で消失の危機にあるものや、既に崩落が確認され、立入りが禁止されている場所もございます。
本市としましては、改めてこれら戦争遺跡の現状把握に努めながら、保存のあり方について検討してまいります。
○野原嘉孝 議長
大山たかお議員。
○大山たかお 議員
質問については終わりますけれども、この戦後80年の中で様々な環境が変わってまいりました。平和をこちらが求めても周りがそうではない時も十分今の環境では考えられております。
この対馬丸記念館、非常に無実の罪というか、一般住民が巻き込まれたということで非常に大きな問題であり、私個人的にはパールハーバーに行ったことがありますけども、その時にボーフィンという沈没をさせた潜水艦が飾られていると日本人として非常に悔しい思いをしている。その中で私たちは戦後80年を迎える中で、やはり沖縄戦という総括をしていかなければならないのではないかなというふうに思います。戦争体験者の声は非常に重要です。しかしながら、実際に動いた史実というのも重要であり、そこを感情だけで動いてしまうとまた同じ過ちを犯す可能性も多々あるのではないかなというふうに感じております。私は自衛隊出身ではありますが、その中でやはりどのようにして日本を守るのか、住民を守るのかということに命を懸けてきました。先日小牧でT4という練習機が墜落しましたけども、その時も恐らくではありますが、地域住民の方に被害がないようにそのまま池というかダムというか、そこに操縦して航空機を墜落させたのではないかと。これは平成11年の時に入間川でもT-33という練習機が周りに被害を及ぼさないよう川のほうに方向を向けて住民に被害がなかったというようなこともあります。決して命を落とすことが素晴らしいとも美しいとも思いませんし、私がパイロットの教官の時は、必ず自分たちの命は自分で守りなさいというふうに教えてきましたし、最後についてはその使命感、自分がなぜここにいるのかということも伝えてきました。その結果、機長としてそして操縦者として判断をしていってもらいたいということ伝えたことを思い出します。
私、議員になってこの8年間で、防災をメインに頑張ってまいりました。城間市長、そして知念市長共にこの防災の問題意識について非常に高く、非常にかなり難しい予算の関するところも一歩ずつ進めていったものと感謝を申し上げます。
私は人の命を守りたい。まずは住民自身が自分の命を守って、その後に私たちが何をできるかというのを追求してきました。
しかしながら、この議員生活の中で変わったのはコロナであります。コロナの時にある方が相談を受けて、その方については非常に観光業界で働いていて、働けなくなって苦しいと、その時に私のところに来て、例えば社協の話だったり、いろんな制度の話、助けれますよと言った時、そして生活保護を本人は受けたくないとおっしゃっていたんですけど、生活保護を紹介して、短い期間でもそれを受けて、そしてまた自分で復活というか立ち直ることができたらまたそれをやめて働くことできますよと言って紹介をしたことがあります。その数か月後、その方が私のところに訪ねてきて、こういうふうにおっしゃいました。今はちゃんと別の仕事をやっていますと。私は実はあの時は、自死というか一家心中のようなことを考えたこともあります。しかしながら大山議員のおかげでいろいろ紹介してもらって、そういう決断にならないで改めて頑張っていこうという意識が生まれましたという話を受けた時に、自衛隊の時に救難隊として人の命を助けてきましたけど、また違った意味で、政治家として本当に命を救うことができたなというふうに思いますとまさにその言葉というのは私の政治家冥利に尽きる言葉でありました。沢山の課題があり、沢山の物を動かしていく、そして新しい施策をつくっていくためには限られた財源の中でやっていくことは非常に難しい、市長については全議員もしくは市民の要望を聞きながら、どこに予算を分け、どのようにしていくかという判断をやられているのは非常に厳しい仕事だということも理解をしています。
しかしながら、予算を掛けなくても要望したり、ルールや制度を変えていく中で、私たちの生活やそして将来を担う子供たちを支えていくということはできると思います。ここにいる39人の議員の思いを、ここに立候補される方は集結してまた良い那覇市つくり、そして市長に対しての要望活動などを続けていけたらなというふうに思います。
改めてになりますけども、戦後80年の中でやはり時間が足りないのもあるし、防災も時間が足りないのもあるし、いつ来るか分からないところもありますので、ぜひその辺については市長が先陣を切ってタスクフォースチームをつくるなりやって、将来の子供たちがよりよい那覇市、よりよい沖縄県に住めるように頑張っていただきたいと思います。以上で終わります。

TOP