今回扱う出来事と参照記事
2025年8月、陸上自衛隊宮古島駐屯地の徒歩防災訓練をめぐり、宮古警備隊長と市民のやり取りの一部が映像として拡散されました。映像は途中から始まっており、訓練の背景や経緯、現場判断の全体像は伝わっていません。本記事では、元自衛官・元那覇市議の視点から、現場のリアリティと論点を整理します。
<参照リンク(初出のみ)>
はじめに
短い映像や見出しだけでは、現場の緊張や指揮官の責任は伝わりません。私は現場での経験から、この出来事を印象論ではなく、任務と安全の観点で捉え直したいと考えます。批判の有無にかかわらず、いざという時に守るのが自衛隊。その前提に立ち、論点を冷静に辿ります。
現場を知らない議論の危うさ
拡散された映像は一部のみで、やり取りの発端や周辺状況は省かれています。断片は受け手に強い印象を残しますが、現場判断を正確に測る材料にはなりません。自衛隊や消防・警察の世界には、「訓練は実践のごとく、実践は訓練のごとく」という考え方があります。訓練で徹底して実戦を想定していなければ、本番で訓練以上の成果を出すことは困難です。逆に本番で無理をすれば、損害や犠牲につながります。だからこそ、訓練環境を守ることが、結果として住民の命を守ることに直結します。
私自身、航空自衛官時代に「一瞬の切り取り」が誤解を生む場面を幾度も見ました。数秒の映像だけで人物と判断を断じれば、現場の士気は削がれ、地域の安全にも跳ね返ります。評価は全体像に基づいて行われるべきです。
指揮官の責任
部隊長は部隊の要であり、家族でいえば一家の長です。今回は新隊員教育の一環として実施された徒歩防災訓練が背景にありました。災害時、車両輸送が困難な場面を想定し、徒歩での物資搬送や行動持続力を鍛える内容です。隊員約30名が装備を背負い、真夏の高温・高湿環境下で約35kmを歩破しました。過酷な条件での訓練は、新隊員の基礎体力だけでなく、規律と結束を育てます。
一家の長として「新しい家族」である新隊員へ心ない言動が向けられれば、文句の一つも言いたくなる気持ちは理解できます。隊長は、訓練の秩序維持と隊員の安全・尊厳を守る最後の盾でもあります。
訓練の必要性と現実
離島では、台風や地震などの災害時に外部支援が遅れる可能性があります。物資搬送、負傷者搬送、通信確保、交通遮断下での行動継続など、初動対応の多くを現地部隊が担わねばなりません。これらは反復訓練の蓄積でしか身につきません。
私は自ブログ「綱領-5 部隊精強化の訓練」で、訓練においてまず敵に勝つこと、そして「百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に勝る」という考え方を示しました。個の習熟と部隊連携の両輪が噛み合って初めて、現場で期待される結果に届きます。

訓練は本番の損害を減らすための投資です。本番で訓練以上の無理をすれば、いずれ破綻が生じます。訓練の場を守ることは現場の自助努力であり、地域全体の安全策でもあります。
撮影許可と自衛官の肖像権
今回の出来事では「撮影の許可」が論点の一つとなると思います。一般論として、自衛官も一個人であり肖像権があります。一方で、公務中の公務員は公共性・公益性の観点から一定の撮影や取材対象となり得ます。ただし、これは無制限の撮影・公開を許容するものではありません。
多くの裁判例は、被写体の社会的地位・活動内容、撮影の場所・目的・方法、公表の態様・必要性などを総合考慮し、「社会的に受忍すべき限度」を超えるか否かで判断してきました。要するに、公務中だから肖像権がゼロになるわけではないのです。加えて自衛隊には部隊保全(OPSEC)の要請があり、名札・顔貌・装備仕様・行動ルートなどの露出は任務安全に直結します。現場で距離や撮影角度の配慮、公開時のモザイク等の処理を求めるのは、権利主張ではなく安全と任務継続のための最低限の配慮です。
思想を超えた命の守り方
自衛隊は、思想や主張の違いにかかわらず、県民・国民を守ります。反対運動に立つ人であっても、災害で孤立すれば救助に向かいます。宮古島の事案でも、隊長は日々の訓練の先にある有事を見据え、万が一の時には「あなた方も護るのに」と心のどこかで感じたかもしれません。これは感情論ではなく、職業倫理の帰結です。
那覇市議会での経験と沖縄の特殊性
私は那覇市議会議員として、自衛隊や救急搬送従事者への感謝決議を提案し、2022年4月に可決させました。複数会派が退席・反対する中での可決であり、那覇市として「市民・県民の生命を守る任務に対する感謝」を明確化する意義がありました。


2025年6月の戦後80年平和宣言には「軍隊は住民を守らない」という文言が盛り込まれ、私は議決の場で退席しました。沖縄という土地柄上、歴史と現在の安全保障をどう接続するかは難題です。私は、追悼と抑止の両立を目指すべきだと考えています。
また、対馬丸事件に関しては、対馬丸記念館の重要性を確認したうえで、展示・掲示の内容を戦後80年という節目にふさわしく見直し、より多角的な歴史的視点を反映させるべきだと提言しました。慰霊の尊厳を守りつつ、次世代が歴史から学べる内容を充実させるための提案でしたが、発言の一部だけが切り取られ、真意と異なる印象で受け取られた経験もあります。議員は常に選挙を意識せざるを得ず、支持層や有権者への配慮で信条を曲げる誘惑もあります。それでも譲れない一線を守る覚悟こそ、政治家に求められる資質だと考えます。
総括——冷静な論説と、揺るがぬ支援
宮古島の一件は、現場に立つ人間の責任と緊張、そして情報保全と安全確保の難しさを映し出しました。映像の一部では測れない現実があり、訓練環境を守ることは住民の安全を守ることに直結します。自衛隊は反対者であっても守る組織であり、その覚悟は日々の訓練の中で磨かれています。
沖縄の議会と社会においても、歴史への敬意と現在の安全の確保は相反しません。追悼と抑止の両立を掲げ、誤解や偏見に流されず、対話を重ねることが未来への責任です。私は現場を知る者として、これからも冷静な論説と揺るがぬ応援を両立させ、自衛隊と県民の橋渡しを続けていきます。