沖縄北部豪雨で何が起きたのか
――災害救助法の適用を逃した県の初動を検証する
2024年11月、沖縄本島北部を記録的な大雨が襲いました。
国頭村、大宜味村、東村、名護市などで河川の氾濫や浸水、土砂崩れ、道路被害、断水などが発生しました。12月2日時点の沖縄県議会答弁では、北部1市4村で半壊1件、床上浸水76件、床下浸水69件が報告され、国頭村では18人がホテルなどで避難生活を送っていたとされています。
幸い、県は11月19日時点で人的被害はなかったとしています。玉城デニー知事自身も、地域住民による適切で迅速な避難行動が人的被害がなかったことにつながったとの認識を示しました。
しかし、この災害では別の重大な問題が明らかになりました。
**沖縄県の初動対応の遅れによって、災害救助法の適用が困難になったことです。**
産経新聞は11月15日、玉城知事がこの問題について「重く受け止め、猛省する」と述べたと報道しました。琉球新報も同日、県の対応が遅れたことで災害救助法の適用が困難になったとして、知事が「猛省するとともに、直ちに改善を図っていく」と表明したことを伝えています。
なぜ災害救助法を適用できなかったのか
この問題を考える上で重要なのが、災害救助法の「4号基準」です。
災害救助法は、家屋が何戸全壊したかという被害確定後の数字だけで適用される法律ではありません。
内閣府は、災害により多数の人が生命または身体に危害を受け、あるいはそのおそれがあり、避難して継続的に救助を必要とする場合などにも適用できるとしています。
さらに内閣府の災害救助法の解説資料は、被災者保護のためには「何よりも迅速な法適用が必要」であり、迅速な判断が可能な4号基準による適用を積極的に進めるべきだと説明しています。
実際、ほぼ同じ大雨に見舞われた鹿児島県は、与論町について「多数の者が生命又は身体に危害を受け、又は受けるおそれが生じている」ことを理由として災害救助法を適用しています。
適用日は11月8日です。
では沖縄県はどうだったのでしょうか。
2024年12月3日の沖縄県議会で、県生活福祉部長は経緯をかなり具体的に説明しています。
11月8日19時50分に国頭村に大雨警報が発令され、県は災害対策準備体制を取りました。一方、災害救助法を担当する生活安全安心課などは自宅待機で情報収集を行っていました。
そして9日未明から朝方にかけて、内閣府から生活安全安心課に電話がありました。
しかし県議会での県側答弁によれば、「自宅待機状態であったことから、受電できませんでした」というのです。
県が災害対策本部を設置し、内閣府に災害救助法4号の適用を確認したのは11月11日でした。
ところが、その時点では既に大雨が収まり、多数の人が避難して継続的な救助を必要とする状況ではなくなっていたため、4号基準での適用は困難との回答を受けています。
琉球新報も、県が11日に内閣府へ打診した時には天候が回復し、「被害が発生するおそれ」のある状態を脱していたため、適用が困難になったと報じています。また、災害後の住家被害数を基準とする適用についても、必要な基準を満たす可能性が低い状況だったと報じています。
つまり、重要なのは「被害が小さかったから最初から災害救助法が使えなかった」という話ではありません。
被害が拡大している最中であれば検討できた4号基準について、県が適切な時期に国と協議できず、災害が収まってから相談したため、その適用が困難になった。
県議会で明らかになった経緯を見る限り、ここがこの問題の核心です。
これは単なる「電話の取りこぼし」なのか
私は、災害派遣に携わった元航空自衛官のヘリコプター操縦士として、この問題を単なる行政手続上のミスとして片づけるべきではないと考えます。
災害対応の現場では、「被害が確定してから動く」のでは遅い場合があります。
救難活動では、天候、河川、道路、孤立地域、要救助者など刻々と変化する情報を集め、最悪の事態を想定しながら先に準備します。結果として出動しなかったとしても、それは無駄ではありません。
何も起きなかったから正しかったのではなく、何か起きたときに直ちに動ける状態をつくっていたかが危機管理では問われます。
内閣府自身も、災害救助法について迅速な判断のためには、災害情報の「収集、分析、伝達、共有」を通じ、迅速な判断ができる組織づくりが重要だとしています。
今回、24時間体制で人員が配置されていた防災危機管理課と、災害救助法を担当する生活安全安心課との情報共有・連絡体制が十分に機能しませんでした。
これは私の推測ではありません。
12月4日の県議会で玉城知事自身が、「生活福祉部と知事公室の連携が十分でなかったこと」「災害対策本部の立ち上げの遅れ」を重く受け止めると答弁し、その後、災害救助法に関する緊急連絡窓口を24時間体制の防災危機管理課に一本化し、災害対策本部の設置基準やマニュアルを見直す方針を明らかにしています。
つまり県自身が、従来の体制に問題があったことを認め、制度を変更したのです。
県政トップに求められる危機管理とは
私は市議会議員として行政をチェックする立場も経験してきました。
そこで感じてきたのは、災害対応において組織やマニュアルだけでなく、最終的に重要になるのは「トップが何を最優先にするのか」ということです。
今回、人的被害が確認されなかったことは本当に幸いでした。
しかし、「死者が出なかった」という結果と、「初動対応が適切だったか」という行政評価は分けて考えなければなりません。
県議会では公明党の松下美智子県議が「災害救助法の適用機会を逸したことについて、知事並びに県の責任は重大」として、原因と災害対策本部体制の再構築を質問しています。これに対し玉城知事は、連携不足と本部設置の遅れを認め、組織体制を改善すると答弁しました。
災害は政治的立場を選びません。
保守であろうと革新であろうと、支持者であろうと反対者であろうと、豪雨も台風も地震も同じように襲ってきます。
だからこそ知事に求められる最も基本的な責任の一つは、県民の生命と安全を守るため、最悪の状況を想定して迅速に判断できる県庁をつくることです。
今回の北部豪雨を「たまたま連絡が取れなかった出来事」として終わらせてはいけません。
なぜ担当部署が自宅待機で国からの連絡を受けられなかったのか。
なぜ24時間体制の防災部門へ情報が共有されなかったのか。
なぜ災害対策本部の設置が11日になったのか。
そして、同じ事態が明日起きたとき、本当に県民を守れる体制になっているのか。
県民の安全・安心を預かる県政には、これらの問いに具体的な制度と行動で答える責任があります。
### 参考資料
* **産経ニュース**「沖縄・玉城知事『猛省する』 本島北部の大雨被害で県の対応遅れ、災害救助法適用困難に」
[産経ニュースの記事](https://www.sankei.com/article/20241115-XNZICTCAJ5PDDOOOC4R5GUWE4Q/?utm_source=chatgpt.com)
* **沖縄県議会**「令和6年第4回沖縄県議会(定例会)会議録」
[沖縄県議会会議録PDF](https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/017/060/reiwa6dai4teireikai2.pdf?utm_source=chatgpt.com)
* **内閣府 防災情報のページ**「災害救助法の概要」
[内閣府資料](https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/siryo1-1.pdf?utm_source=chatgpt.com)
* **内閣府 防災情報のページ**「令和6年11月8日からの大雨にかかる災害救助法の適用について」
[内閣府資料](https://www.bousai.go.jp/pdf/241108_kyuujo-tekiyo.pdf?utm_source=chatgpt.com)
* **琉球新報**「県の対応遅れで『災害救助法』の適用困難に 沖縄本島北部の大雨被害、国費で被災者支援できず」
[琉球新報の記事](https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-3641378.html?utm_source=chatgpt.com)
* **琉球新報**「『重く受け止めて猛省、直ちに改善』デニー知事 北部豪雨の災害救助法適用困難で」
[琉球新報の記事](https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3650762.html?utm_source=chatgpt.com)
* **沖縄県**「北部地域における大雨被害に関する県民の皆様への呼びかけ」
[沖縄県公式資料](https://www.pref.okinawa.jp/bosaianzen/bosai/1003555/1031783.html?utm_source=chatgpt.com)

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